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名探偵コナンなどにも出演、肝付兼太さん死去。ドラえもんのスネ夫役、祖先は戦国大名!!

悲しみが広がっています。ドラえもんのスネ夫やアンパンマンのホラーマンで親しまれた肝付兼太さんが死去されました。
80歳で、肺炎によるものだそうです。
年齢はともかく、肺炎は意外かな・・・
最近の作品では名探偵コナンなどにも出演されていました。
私が好きなキャラクターとしては、銀河鉄道999の車掌さんを思い出しますね。
病気も含め肝付兼太さんの仕事や活動を振り返えってみましょう。

名探偵コナンなどにも出演、肝付兼太さん死去。ドラえもんのスネ夫役、祖先は戦国大名!!

まずネットの反応を見てみましょう。

プロフィールは次のようになります。

きもつき かねた
肝付 兼太

プロフィール

本名 肝付 兼正
(きもつき かねまさ)

性別:: 男性
出生地::日本・鹿児島県鹿児島市喜入町
死没地::日本
生年月日::1935年11月15日
没年月日 ::2016年10月20日(満80歳没)
血液型::AB型
身長::171 cm
職業:: 声優、俳優
事務所::劇団21世紀FOX 81プロデュース

1935年11月15日に鹿児島県鹿児島市喜多入町で生まれました。
その後すぐ3歳の時に鹿児島を離れ東京で育ちました。
戦時中は山梨に疎開したそうです。
終戦後、私立中学を受験するも失敗。
役者をこころざしたものの祖母に「映画俳優をやれる容姿ではない」と諭されます。
その為、顔出しよりもラジオドラマで声のみ出演する「声優」の仕事を目指すようになったそうです。
帝京高校在学時に自ら演劇部を設立。
その演劇部で木下順二の「夕鶴」を上演したのがきっかけで芝居の道に進みました。
高校卒業後は父が他界したため大学進学を断念したそうです。
ラジオ東京(現TBS)の放送劇団の第4期生の募集に応募するが落選し、高島屋に勤務しながら劇団七曜会に入団しました。
当時、七曜会がNHKの仕事に積極的に取り組んでいたため、それが縁で肝付もNHKのラジオドラマに出演するようになりました。
肝付さんは役者として食べていくという自分の気持ちを確固たるものにするため高島屋を退社。
しかし、声優としてデビューした後もしばらくは食っていけなかったため、旅行会社の添乗員や靴磨き、歯科医などでアルバイトをしていたそうです。
七曜会が解散した後は青野武と共に日生劇場のこけら落とし公演のオーディションを受け、合格して、これに出演しました。
七曜会から分裂した劇団作品の所属を経て、TBS放送劇団出身の千葉耕市がプロダクションを建てるために役者集めをしていたところに誘われてそのプロダクションに所属となりました。。
所属するプロダクションはその後、青二プロダクション、ぷろだくしょんバオバブ、自身が主宰する21世紀FOX、2016年2月2日付けで81プロデュース所属となりました。

実写映画には1956年公開の「こぶしの花の咲くころ」ともう一本で、実写映画作品の顔出しの役者としての出演経験はこの2本のみです。

ラジオドラマデビューは主婦向けの昼の番組「婦人の時間」(NHK)で、クリーニング屋の御用聞きの役だそうです。
台詞は二言しかなかったそうですが当時は全てが生放送だったこともあり、その時の緊張感と2つの台詞は忘れることが出来ないそう。
アフレコデビューは海外ドラマ「地方検事」(TBS)での暴走族の役でした。
国産アニメが登場してからは、「0戦はやと」、「ビッグX」、「エイトマン」等に端役で出演するようになります。
1965年の30歳直前にマネージャーが藤子不二雄作品のキャスティングを担当する事もあり、TBS版の「おばけのQ太郎」のゴジラ役でアニメのレギュラーを獲得しました。
当初は「スタジオの外だと面白いのに、中だとつまらない」とマネージャーから言われていました。
そんな折に、台4話収録時に開き直ってアドリブを入れまくったところ、見学に来ていた藤子不二雄が手を叩いて喜び気に入られたそうです。
これ以降、藤子不二雄作品には原作者指名で役を貰い、必ずと言っていい程出演するようになりました。
「ジャングル黒べえ」では初主役となる黒べえ役を演じ、テレビ朝日版の「ドラえもん」では骨川スネ夫役を1979年の放送開始以来26年間に渡って担当しました。
あまり印象にありませんが、日本テレビ版の「ドラえもん」ではジャイアン役を担当していたそうです。

活躍されていた期間が長く、役も多岐にわたるため、逸話も多いですね。

「バーバパパ」で三人の子供の主題歌を歌い、「歌う声優」になったになったのは自分が初めてではないかということなどとても面白いです。
今では声優というと歌手も兼業の方が多いですからね。
その他、劇団を主宰されたり、後進の育成をされたり活躍は多岐にわたっています。
自身は中々芽が出ないなど、苦労の多い役者生活だったようです。

そんな肝付さんですが、意外な出自をされています。
肝付さんの祖先は九州の戦国大名なのです。

名探偵コナンなどにも出演、肝付兼太さん死去。ドラえもんのスネ夫役、祖先は戦国大名!!

戦国大名肝付氏とは?

肝付氏は、本姓は伴氏です。元々の性は大伴氏。氏の呼称は平安時代初期に淳和天皇の諱を避けて伴氏(ともうじ)に改称しました。
根拠地は摂津国、河内国の沿岸であったと推定されます。
河内国には大伴金村の「住吉の宅」があったとされています。

平安時代に伴兼行が薩摩掾に任命されて下向しました。
兼行の子に行貞がおり、その子兼貞(妻は島津荘開墾者・大宰大監平季基の娘、又は季基の子・兼輔の娘)は大隅国肝属郡の弁済使となり、その子の兼俊の代に郡名を取って肝付(旧字体: 肝属)を名乗るようになったといいます。

その後南北朝の戦いの時には南朝側に属し、北朝方と戦いました。
南北朝の争乱が一段落した後は島津氏に服属していました。
しかし、戦国時代に入ると領土問題から島津氏と対立し、日向の伊藤氏と手を結んで島津氏と争います。
その後、第16代当主肝付兼続は名将で、一時的ではありますが島津氏を圧倒していましたが、永禄8年(1566年)反攻にあい、肝付兼続は自害してしまいました。(自殺を否定する説もあります)
その後急速に肝付氏は衰退したそうです。

第19代当主に擁立された肝付兼護は、天正2年(1574年)に島津氏に臣従することになり、家名こそ存続することは出来ましたが、天正8年12月(1581年1月)には領地も没収されて、島津氏の家臣となりました。
これにより、大名としての肝付氏は滅亡しました。

慶長5年(1600年)には関ヶ原の戦いで兼護が討死してしまいます。
なんと、長男・兼幸は琉球国王を江戸に連行した島津家久に同行した際、帰国途中の筑前国愛島で暴風雨に遭い溺死。
子孫には、新納家からの養子を迎え薩摩藩士として存続することに。

庶流は早くからに島津氏に仕えて重用され、後に同家より小松清廉(小松帯刀)が出ています。
その他の庶流も薩摩藩士、佐土原藩士として多くが残っています。
そして、その流れをくむのが声優の肝付兼太さんです。

「反抗する血筋」と言う感じですね。「スネ夫」キャラはこの辺から?まぁ違うでしょうけど。
もともとの氏族の大伴氏は異説が色々あります。河内国から来たのか別の地域なのか・・・
自分で調べると面白いですよ。
もちろん機会があれば私も紹介します。

名探偵コナンなどにも出演、肝付兼太さん死去。ドラえもんのスネ夫役、祖先は戦国大名!!

肝付さんの直接の死因は肺炎だったそうです。
肺炎は高齢になればなるほど危険な病気になります。
確か肺炎の予防接種が打てるんですよね。
一度注射すると大体5年間効き目が持続するそうです。

実際、予防接種をしている人を知っているのですが、一度打つとその後のケアがあまり要らなくなるのでとても楽だとか。
値段は6000円から8000円位です(医療機関によって異なる)

少し高いですがお薦めです。考えてみてください。
予防接種についてはお近くの病院、医院にお尋ねください。

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