雨宮まみさん、自殺か!?病気なのか?訃報も詳細は不明。”こじらせ女子”生みの親 。

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作家でライターの雨宮まみさんが亡くなっていたことが分かりました。
雨宮さんの著書を出版している出版社の関係者によると、11月17日に近親者だけでのお別れ会が開かれると言います。
死因や亡くなった日時などは明らかになっていません。
雨宮さんは女子としての生きづらさをつづった自伝的エッセイ「女子をこじらせて」で書籍デビュー。
流行語の「こじらせ女子」の生みの親になりました。
その飾らない作風で若い女性を中心に人気でした。
ネット上での反応を見ながら見ていきましょう。

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雨宮まみさん、自殺か!?病気なのか?訃報も詳細は不明。”こじらせ女子”生みの親 。

雨宮さんの著作物をたくさん読んだわけではないので詳しいことは言えませんが、ちょっと見た限りではよく分析できているなぁ・・・と。
流行語になった「こじらせ女子」は沢山の女子の共感を呼んで大ヒットに。

2011年「女子をこじらせて」を出版。
「こじらせ女子」という「自意識や自らの女性性への自己評価をこじらせた女性」を指す言葉の命名作家としてインタビューやコメントなどをすることが多いです。
ペンネームの由来の一つは穂村弘の歌集「手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)」より。

逆にこれだけ自分(こじらせ女子の分析だが、自分をモデルにしているところ大)を日々振り返っていれば辛かろうな、とも。
色々な女子をカテゴリー分けしていますが、ここでは本題とは違うので分析しません。

一方で雨宮さんのブログの題名は「40歳がくる!」この題名が40歳が来るのが嫌なのか(そう言っていましたね)「40歳来てみろ!」と言うような意味なのか分からなかったですね。
色んな意味で本心を隠していたのかもしれません。

雨宮さんのブログ”40歳がくる”は次のような一文で始まります。

はじめに

「40歳になったら、死のうと思っていた。」桐野夏生『ダーク』の有名な冒頭の一文である。この一文のあと、主人公の女探偵は、自分のこれまでの人生に決着をつける旅に出る。
私の中で漠然と、40歳というものはそういうものだという認識があった。覚悟を決めたり、何かをつきつめたり、しっかりと定まった目標に向かってゆく年齢。若くはないとしても、その姿を想像すると、意志のあるそんな40女の顔は、どんなにかっこいいだろうと思っていた。

この後、ブログの内容は30歳になるときの準備や葛藤、そして準備しないで40歳になってしまった戸惑いにつながっていきます。
これを読んだときそうだなぁと思いつつ、一方で当たり前じゃんとも思う自分がいて何とも言えない気分に。

でもねぇ。わかる部分はあるんです。一定の年齢に達すれば、何か悟ったようになって自分の姿や自分の欲望に折り合いがついて、何事にも覚悟が出来て・・・なんて考えるというのは。

実はそうではない。年を取るとより深刻になるだけです。ただ深刻になってもどこで諦めるのがいいのか判断するようになるわけです。
判断すると言っても納得するわけでもない。しょうがない、ということ。

それで、40になったら異常に美しい美魔女か、ババアみたいな選択肢しか残されていなくて、「普通の40歳」というのは無いのだろうかと考え、やらなきゃいいのにエゴサーチをしてしまう。
考え込むと、結局自意識に戻って行く。悪循環になってしまうので、やらないように。この辺が問題の中心にあると思うんだけどなぁ。
そのあたりはこの様に綴られていました。

「私のままの40歳」って、ないんだろうか。そんなことを思い始めたときに、見なきゃいいのに自分への評価をネットで見てしまうと「ババアの発言ってネチネチしてて陰湿」「アラフォーババアだから若い女がうらやましくて仕方ないんでしょ」「サブカルこじらせババア」(妖怪ですか)というような言葉が並んでいて、肩の力ではなくヒザの力が抜けた。

雨宮さんを応援している人も、雨宮さんに救われている人もいるんだけどな。

雨宮さんの作風について

まえにもかきましたが、雨宮さんの作風は飾らない作風で、「なんとなく押し付けられる正しさ」振り払ってくれるところなんだそうです。
でもねぇ、本当なのか?

雨宮さんが保守的な「正しさ」に共感出来ないんでしょうね。
それは誰でも程度の差はあるものの、持っている気持ちです。

共感できないからと言って時間は待ってくれません。
40歳は自動的に訪れます。自分を置き去りにしてね。
雨宮さんは自分のままの、ありのままの40歳について準備出来ていないようでした。
いや、誰でも、準備なんかできていないんだけどね。

死にたくなる夜を超えて、何もない日々へ

雨宮さんはブログで死にたくなる夜について書いています

2016-06-08
死にたくなる夜のこと

死にたくなる夜というのが、やってくる。
たいていはそのたびに、薬を飲んで、寝ようとして、

眠れなかったり、でもほかのことでは気を散らすことができなかったり、

朝日がのぼるまでの時間を、苦しいまま過ごすことになる。

「死んでもいいですか?」と、誰かに訊きたくなる。

否定してほしいわけじゃない。死んじゃダメだと言われたいわけじゃない。心配なんか、かけたくない。
でも、その言葉は甘えだと、よくわかっている。

死んでもなにも起こらない。
あとに残された人がいろいろ面倒だろうから、申し訳ないだけで。
それでも、この苦しさがあとどれだけ続くのかと思うと、耐えられなくなって、
ベランダからじっと地面を見つめるときがある。


何があったのでしょうか?ツイートの最後は11月14日のようですが・・・11月10日に年を越すのもイヤと。
その辺りの本人のツイッターとネット上の反応を見てみましょう。

雨宮まみさん、自殺か!?病気なのか?訃報も詳細は不明。”こじらせ女子”生みの親。

我々は長く生きるようになってしまいましたが、逆に自己イメージに問題があるということなのでしょうか?
40歳のアイデンティティ・クライシス(自己同一性障害)なのでしょうか?
面倒くさい世の中になってきたものです。
それでも何もない夜を超えていきましょう。
それしかないですよね。

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